映画『ボヘミアン・ラプソディ』を観たほとんどの日本人がわからないだろう、と思うこと。

先日、Yahoo!ニュース個人でも書いた、映画『ボヘミアン・ラプソディ』。アメリカでは、カラオケのように歌詞が出て歌えるSing-Alongs(応援上映)が750の劇場でできるようになるそうです。

「アメリカの評論家の意見はわかったから、あなたの感想はどうなのよ?」と聞かれそうですが、私はあの映画好きでした。

クイーンの音楽を聴いたことはあってもバンドの歴史や人物については知らなかったので、普通に感動しました。「よかった」「涙が出た」「もう一度音楽を聴き直してみたくなった」など、映画評論家ではないので、当たり障りのない言葉しか出てこないですが...。

ただ日本でよく言われるような、5回も6回も観たいというのは正直思わず、ほかの映画と同様に1回映画館で観れば充分で、機会があればDVDなんかで観たいかも。(音楽については映画の後、たびたび聴いています)

映画を観ながら「あ〜、これは日本に住んでいたら、想像し難いだろうなぁ」と思ったことがいくつかあったので、今日はそれについて書きたいと思います。




フレディ・マーキュリー:イギリスではマイナーな民族(昔は特に)




フレディ・マーキュリーご本人がクイーンのメンバー4人で並ぶと、鼻も高くホリも深く胸毛も生えていたりして、いわゆる「外国人」「ガイジンさん」として日本では映るでしょう。「ガイジンさん4人メンバー」として「一塊り」で見られるだろうと思います。

ただ彼のバックグラウンドを調べてみると、ザンジバル保護国というイギリスではない外国生まれで、インドで育ち、17歳のときにイギリスに移り住んでいます。彼の両親も妹もインド系。家の中では、言葉、イベントごと、日々の食事など、当然イギリスではなくインド一色だっただろうと察します。

アメリカでも同じですが、移民一世の親に育てられた移民二世は、アメリカにいるにもかかわらず家の中が言葉も文化も親の国のままなので、外の世界(アメリカであればアメリカ文化、イギリスであればイギリス文化)への憧れが強くなる傾向があります。
(たまに例外はあって、親の国への憧れが逆に強くなって大学で親の国の大学に進む場合なども)

何が言いたかったのかというと、日本人にとってクイーンは「ガイジンのバンド」とひとくくりに捉えるのですが、実は、フレディ・マーキュリーはイギリスでマイノリティなのです。なのに、イギリスでのマイノリティの生きづらさが映画でうまく描かれていないので、自分の身で経験したことがない人は彼の苦悩が伝わらないだろうなぁ、と映画を観ながら思いました。

フレディのバックグラウンドを知ったときに、彼が本名のファルーク・バルサラから改名したのも、婚約者として金髪碧眼のイギリス人女性を選んだのも、すごく腑に落ちたのでした。フレディは自分のバックグラウンドについてメンバーやメディアに語るのを極力嫌がった、というのも腑に落ちます。

今では移民が普通にそこらじゅうを闊歩するロンドンですが、ベースはしっかりした階級社会ですし、70年代ならなおさら外国人、特にインドといったマイナーな国のバックグラウンドを持つ人への風当たりは強かったでしょう。

フレディがクイーンのボーカルとしてメインに立ったのも、そのバンドがイギリスで世界で人気になったのも、結婚まで至らなかったものの地元の女性と付き合い婚約までいったのも、彼の「誇り」そのものだっただろうと思います。




アメリカ人俳優がロンドン移民を演じるということ



フレディ本人は17歳からイギリスで育っているので、インド系イギリス人。英語はイギリスのアクセント。かたやフレディを演じた俳優のラミ・マレックはロサンゼルス出身の、インド系ではなくエジプト系アメリカ人。

もちろん映画では、アクセントの特訓など受けるので問題はないと思いますが、私はアメリカに長年住んでいるので、英語を聞いただけでその人がアメリカ人か否か(さらに言えば、アメリカでも東海岸出身か南部出身か、など)が判別できます。またロンドンで話されているイギリス英語(クイーンズ・イングリッシュやコックニー)も判別できます(どの地方のイギリス英語までかはわかりませんが)。

どの程度、ラミ・マレックがイギリス英語を話せているのだろう〜と思いながら映画を観ていましたが、そこまで「コテコテのイギリス英語」ではなかったです。どちらかというと、義歯による「喋りにくそうな英語」に聞こえました。

気になって映画を観終わったあと、フレディの生前のインタビューを聞いたら、彼が話す英語も「コテコテのイギリス英語」ではなかったようです。またラミ・マレックの普段のインタビューを聞いてみたらラミ自身は普段アメリカ英語をしゃべるようですが、そこまでコテコテアメリカ英語でもないようです。

つまりラミさんが映画で演じるときに、ゆるやかなアメリカ英語→ゆるやかなイギリス英語にシフトしやすかったんじゃなかろうかと思いました。




インド系とエジプト系という異なったルーツ




エジプト系の人がインド系を演じたのは、、、こういうの映画では多いですよね。

『Memoirs of a Geisha』(邦題Sayuri)のときも、主役のサユリ役を確か中国人の女優が演じてますよね。「この人、日本人じゃないよ〜」って観た時に思ったのですが、映画の世界では、制作側が俳優を「適役」だと認めたら、民族までもを合わせる必要はないのでしょう。



そのほか、蛇足




映画制作の点で、細かいこと、どうでもいいことですが...。

最後の演奏中、フレディ役がもっと汗かいててもよかったのかなって思いました(笑)。

ステージに立った人ならわかりますが、ステージ上って観客からの熱気もすごいし、何より照明からの熱でめちゃくちゃ暑いのですよ。そして歌いながらのピアノ演奏でしょ。あれは大量の汗が吹き出していてもおかしくないシチュエーションなんですが、映画の中では、フレディ役のお顔がめちゃくちゃ綺麗でした。あの美しさは、制作側の意図なのでしょう。

もう一つ。フレディの目の色はダーク(黒か茶)ですが、ラミ・マレックの目の色は薄いんです。
今カラコンとかいろいろあるので普通は装着してもよいはずなんですが、映画ではラミさんの目の色のままでしたね。これも制作側の意図なのでしょう(髭はつけてるけど、胸毛がないのも笑)。

日本でこの映画がすごく人気なのは、クイーンが本国イギリスでまだ人気がなかったのに日本上陸で大歓迎されたりして、メンバーが日本ファンだったのもありますよね。映画の中で、フレディが着物を寝巻きがわりにしていたり、プロデューサーとの会話で「日本ツアー」を示唆されたり、映画のところどころで「Japan」にフォーカス当たってて、同じ日本人として私もうれしかったです。



YouTubeで、Live Aidの実際のシーンと映画シーンの比較映像を見つけました。


映画を観たのは、タイムズスクエアのRegal E-Walk Stadium 13 & RPXっていう映画館。ここはシートが革張りで、足を伸ばせるファーストクラス級です。おすすめ!




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Commented by それいゆ at 2019-01-11 15:15 x
こんにちは。
夏の六本松の蔦屋のイベントに参加させていただいた者です。楽しくお話を聞かせていただきました。
私はこの映画は1度しか見ていませんが、古くからのクイーンのファンなのでそのせいなのか、他の人のように号泣なんてことはありませんでした。
なんだか妙にフレディの出っ歯が強調されていたのと、子供時代に貧しい家庭で育ったように描かれていたので(本当はある程度裕福な家庭で育っているはずです)、最初からこれは映画(フィクション)だという気持ちが強かったせいか感動が薄かったような気がします。
移民の件については生きづらさや差別などはちゃんと伝わっていたように思います。親に反発するシーンやパキスタン人だと差別されるシーンなど。(私がアメリカに長く住んでいたせいもあるかもしれません。ただ、パキスタン人だと勘違いする人も多かったようです。)
2時間ほどでクイーンの歴史のすべてを伝えることはできないし、映画としてはとてもよくまとめられていたと思います。涙は出ませんでしたが、とても楽しめた映画です。
Commented by abekasu_ny at 2019-01-12 00:45
コメントありがとうございます!
六本松のイベントにいらしてくださったとはうれしいです!
おっしゃる通り、映画としては良かったですよね。

私が思ったのは、経験してなければ映画で描かれていても「自分のことのよう」にはわからないだろうということでした。例えば歯のことも、出っ歯で育った人や身近にいる人しか、悩みがわからないのと同じです。移民のマイノリティの苦悩も、背景がない日本という場所に住んでいたら、これは日本の人はわからないだろうと思いました。

クイーンファンの方とそうでない方の映画の感想は分かれるみたいですね。
ロンドンのジャーナリスト小林恭子さんが書かれてる記事も面白かったです。
https://blogos.com/outline/344636/
Commented by kotaro_koyama at 2019-01-13 17:49
はじめまして!興味深く拝読しました。外国で外人として暮らしてこの映画を見ましたが、移民マイノリティの苦悩の部分に強く共感しました。日本で「普通に」育って暮らしていたらあまり目の行かなかった部分かもしれません。
Commented by abekasu_ny at 2019-01-14 02:54
はじめまして。コメントありがとうございます。「差別があることを知る」ことと「差別されて知る」ことはまったく違いますね。私もあのまま日本にいたら気づかなかったと思います。

イタリアでの子育て、バイリンガルなど、楽しく拝見しました!
by abekasu_ny | 2019-01-11 09:59 | 日々のつぶやき | Comments(4)

日々のアレコレ、出会い、取材こぼれ話まで。在NY17年目。日米でのエディター&ライター歴20年。 大きなアメリカ人の中に埋もれないよう、小粒ながら日々がんばっています!


by Kasumi Abe
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